昭和44年05月20日 夜の御理解



 信心によって救われておる人、又は救われておる家族、どういうようなのをその人が救われて、信心によって救われておるなぁと、信心によって救われた家族だなと言うかと思います、私はこんなふうに思う。あのう助ける助かるとこういう事を申しますけれどね、まぁ救われるとか助かるとかと同んなじ、まぁ意味のものでもあろうけれども、このうまぁそれを救われると助かるという事は、別々に考えるですね。例えば難儀な事がある。お願いをする。お取次ぎを頂く。
 本当にあのう苦しいから心配だから、又はそういう悩みをもっておるからと言うて、お取次ぎを頂くところから、お取次ぎの働きというものをね。お取次ぎの働きというものがそこにおかげが現れてくる。それを私は助かるとこういうね。例えばきょうあのうその最近もうそれこそ、最近たいへん難儀な所を通ってる訳ですけれども。手形のたんびにもう、これでおしまいもうこれでおしまいと言うくらいに、もうどこに泣きつきここに泣きつきという様な状態で、それでも辛うじてのおかげを受けておる訳ですけれども。
 今日も夫婦でお願いに見えました。もうそれこそ男泣きに泣いてから、もう余んまりに苦しいですから。もう私もそこんところはよくそのう体験者ですからね、金銭に難儀をしておる事は、まぁ本当に気の毒だと思いますけれども、本当にあのうそれでもやっぱり度々おかげを受けている事だけは間違いないですから、何とは無しにですね。それであのうとにかく今日の何時までだとこう、ちょうど私が12時、下がろうとしておった時だったでしょうか、お願いに見えたのは。
 それでまぁとにかくここを動かれませんもん。そのうお願いをしてからですね。何にかそのう安心のいく言葉といった様なもそんなものが、簡単に与えられるはずもないしですね、けれども何時もあんたおかげを受けておるのだから、とにかくというて私は先日あのう久富先生のところの博道さんが、お夢を頂いたと言うてそのお夢を若先生にお届けしておる。その事をそのう話したんです。もうとにかくまぁ商売の事でいらいらしているけれど商売がないと。
 そういう時にまぁ若先生のお供でもさせて頂いとけばよいと、言われたからまぁもうまぁ御用をさせて頂いたけれども、いらいらしておると。けどもいらいらしておっても、心を神様に形だけでも向けておけばそれでいいんだと、言われ親先生が言われるから、まぁそうさせて頂いとったと、ところがであのう久富どういう私もそこんところが私もよくわからんのですけれども。久富国雄さんが、ひょっこり現れてから、博道さん自動車を一台、自動車のセールスをしておりますから。
 自動車を一台買いたいからと言うてそのう買いに来てくれたと。本当にやっぱりそのう心はいらいらしとってもいらいらする時にゃ、もうその自分の仕事に打ち込むよりもやはり神様に打ち込む。いらいらしながらでも打ち込んどきゃこういうおかげを受けられるんだという、まぁお知らせだったというのですね。してその話しをさせて頂いて、今私がどこにこういうどういう例えばなら御理解を説いてもです、それは言うならばひもじゅうて堪えん人に、絵に書いた餅を与える様なもので。腹一杯なる筈はないんだと。
 だからね苦しかろうけれども、まぁあのうひもじかろうけれども、まぁ言うなら苦しかろうも、一生懸命神様の方へ向かいなさいね。奥さんあんたは、今日は吉井で熊井さんところの共励会があるから、共励会の方へ行きなさい。それを心配する必要なかね。お父さんが方はまぁあたらいし、とにかく当てがないと言うけれども、まぁ一生懸命そのう金の金策ではなくて、お商売の方を一生懸命回って歩きなさい。と言うて帰しました。そしたら手形の3分の1だけ、3分の2だけが出来てないと言うのですよね。
 ところが帰らして頂いたら、銀行から電話が掛って来てから、今日いくらいくらが手形が回って来ておりますと言うて来たのが、それが3分の1だけが回って来とった。だからそこに現金があるだけなんです。まぁそれだけ安心してまぁ吉井方へ行ったとこういう訳、また帰りにここに寄ってその事のお礼のお届をしておられましたがね。こういうのはお取次ぎを頂いて助かるね。助かったんですね。しかし救われてはいないでしょうが。私は今日の救われると。
 信心によって救われておる人と、信心によって助かっておる家族と、という事と助かるという事は例えばこれは別だという意味でまぁ聞いて頂いたですね。だからもう苦しい苦しいが続いてその苦しい事が、おかげを受けたというだけではね、それは助かりであった救われたとは言えないんだと。だから信心によって救われなければ、本当に信心の値打がないし、また信心しておかげを受けてくれよと仰るのは、そういういうなら助かり方であり、救われ方であるね。
 そこでそのう思うんですけれどもね、どういう様な風にあるのが救われてあるかというと、例えそういう難儀な中にあってもいつでもままよと、こうどん腹決められる人。例えば手形なら手形に追われても、今日はもうどうにもこうにもという時でもです、神様にお縋りをしてお取次ぎを頂いての事であるからね。いよいよの時にゃという風にどん腹を決めておる人、決めらてかかれる人どんな場合でも。それが救われておるのである。そういう人がひとり家の中におるとです、家族の者が救われる。
 心配するなと、例えば中心が言うと本当に心配せんでよか。お父さんがあゝ言うて下さってあるのだからと、お母さんがあゝ言うて下さるからということになるです。だから信心によってそこんところの力を頂きたい。いよいよの時にはね腹が決められれる信心。それを自分もうかうか自分も不安である心配である。家族中の者が心配せんならん。これではね信心を頂いておる本当の値打が無いのである。ところがなかなかこの救われておる人、同時にそれが救われておる家族といった様な事はなかなか。
 いかにも救われておる助かっておる様であっても、何かのときにゃそれがいつも不安になっておったり波風になったりしておったんではねいけない。そこでねどういう様なそのう救われると言う事は、そのうどういう様な事であるか。もう何十年になりますかねぇ、十何年になりましょうか、あのう何十年ぶりと言われる、あのう昭和何年でしたかね、大洪水がございました。椛目時代。
 もうそれはもう本当にびっくりする様な大洪水でしたし、もう2階もうあのう中廊下だけは、もうぴたぴた水が2階の方へ上がりましたし、もう一枚半ばかりで軒の瓦が、全部沈んでしまうという程しでした。それでもやっぱり私は、あんと気にゃ部屋二部屋と小さい一畳か二畳かの、それも下の様な所に部屋があるだけで、そこへ沢山のまぁ修行しておる方達までも、まぁ皆んなそこへあのう大水をあそこで、大水になった訳ですけども、もうその当時椛目の人達は、もう殆ど非難しておりました。
 又あのう非難をするようにも言われましたし。もうそりゃねいよいよあのうもう最高潮と言われる位な時、鐘がなる銅鑼がなるサイレンがなる。もう本当にいたたまれないような雰囲気でしたがね。はりゃもう屋根を破ってからもう、日頃は豪傑の様にしとる人が、助けてくれぇっちいぅちからもう、そので今聞くと笑い事のごたるけれども、そりゃ本当にそりゃ真剣ですからねぇ。私の妹なんかはおにぎり頂いて行くのに、あのう私のあのう二階から篠原さんのところに屋根づたいに行ったんです。
 綱にこうすがってから、こうせんと上まで来たんです、そこまで持って来られんかと。それは、もう、本当に信心のない者の哀れさと言うものを思うたんですね。屋根に上がっそれでもですねほりゃもう本当に、あのうまぁ信心ない者のわれさといううのか、何かと思うたんですよねぇ、屋根を破っていうならもうそれがて聞こえて来るのが分かる。その時でした、はぁ父がもう本当に本当にあのう落ち着いた人ですけれども。「もうこりゃ先生いよいよいかんばの」いうちからと言うち来ました。
 もう私はそれでもやっぱり奉仕着を付けて、ちゃんと御結界奉仕をあのう御結界上にもってきておりましたから奉仕してました。それでやっぱり4時まで奉仕をしておりましたから、おじいちゃん4時まで待ちなさいね。4時まで神様に約束さして頂とるから、4時私が差挙るまで待ちなさい。その時の写真がね図らずもその草野の役場にあったんですよ。新聞社が命懸けで決死的なその撮影をやっておるのがですね。それがそのう私方があのうこう立っておる前を船が通って。その時写した写真がね今ここにあります。
 それ役場からある人が持って来てくれたんですよ。これはあんたがたごたるですよちゅうて。それをそのう丸っきりこうなんていうですかね、水を楽しんで見とるような状態で、そこの窓際にでずらぁっと皆んなが並んで、大水を眺めておるところを船の中から写してある写真がございますね。そういう時に例えばそれこそも大変な。ところがねあの私がね、そういうとみんな安心する。あの時もうどれだけ人数がおりましたでしょうか、沢山のごとおりましたけどもごっちり。
 それでもやっぱし一部屋は私の部屋、あのう4畳半方だけは、御結界を置いて御神様をお祭りしてそこで私は奉仕をしておりました。なぜかと言うて内々の者がこうやってお取次ぎを願いにくるんですもんね、「もういけん」もうと言うて。私が御結界奉仕をさして頂いて、そういう時の写真があります。その時またおじいちゃんがそういうて来ますから、また神様にお願いしたら、そのう1枚半ばかり残っておるもうあのう瓦の所を、蛙がねこうぎっちゃんばっちゃんですたいね、きっちゃんばったんよるとですよ。
 あのう幼稚園なんかにあるでしょこうこうするとがね。あれに乗ってこう遊んでおる様な状態。横にこう飛んでおったり、それに乗ってあそんでおるそのう状況を御心眼に頂きましたからね。私が家の者全部窓際に連れて来まして、そしてからそこにあのう大水と言ゃそこに虫やら蛙やらいっぱいそこのに、水際まで来てますからね。それで私があのう御心眼に頂いた通りにですね、その蛙がいわゆるこうこう横に飛んで遊んじょります。実際にですね。だからみんなに私が申しました。
 「この蛙がね。上さん飛んでいく時にゃいよいよいけん時だと。上に飛んで来る時にゃけれどもうこれから先は、いみらん」とし、あんな動物の方が知ってあるんです。だから横に飛んで遊びょる。「だからこれを見よんなさい。皆んな安心これを見よってあのう帰るが上に飛ぶ時にゃまぁだ水がこれ以上いみったらもういよいよ、座るところもないのじゃからいけんから」あのどうかせなならんけど、こうんときにゃ大丈夫よっていうてからもう何十人の者がおりましたでしょねやっぱり。
 者が本当に安心しきっとりました。もう4時を境でした。引き出しましたのは。私が言うのはね本当に救われておる人とか、救われておる家庭と言うのはこれなんです。どんな場合でもなら私が救われておるから、私が大きい安心の傘をさしておるから、その傘下におるから、みんな濡れんですむのですよ。私は今日はその救われておると言う事を、そういうふうな意味でですね、だからお互いの家庭の中心をなしておる信心の人達がです、果たしてそれだけの信心を目指しておるか、又頂いておるか。
 その信心を頂いておかなければ、唯難儀な時にお取次ぎを頂いて助けてもらおうというだけの信心から、私は脱皮しなかったら、もうこのくらいでよかという事になります。おかげ受けているんですから。腰掛けます。そこんところをね、ひとつ私はあのうおかげを頂いていきたい。救われておるという事が、救われておるという事と助かるという事とを、今日は区別してみんなに聞いて頂いたんですけれども。その先程の手形のお繰り合わせの方なんかですけれどもね。
 お取次ぎを頂いてお願いをして、なら成程そういうふうにして、何時の場合もおかげ頂いておるんですけれども。そんならあのういつの場合でもあのような間違いのないお働きを下さるのであるから、おかげを頂けるのであるから、と言うて安心すると言うか腹を決めると言うかね、けれどもこここん所にあのう、例えそれがどうであっても、あのう神様にお願いしてからの事だからと、安心が出来れる信心。いわばそのどん腹が決まるれる信心。どんな場合でも。言うならままよと言う心が。
 そういう時にでるだけの信心ね。そういう私は信心を頂いた時に頂いておる時に、初めて自分が救われておるなぁと言う事になるし、その救われた者が心配するなと言うたら、一家中の者が心配せんで済むいわばおかげになって来る。一家中の者が救われる事になるのである。それをなら例えばひとりの信心じゃない、家族中がそういう信心であったら、もういよいよその家は救われた。信心によって救われた家庭と、いう事が言えるだろうと私は思うのです。
 信心によって助かっていっておるという家庭は、もう全信奉者がそうだと私は思います。けれども本当にその人が信心によって救われておると言う人は、実に少ない。又はその信心によって、一家が救われておるという様な家庭は、本当にまぁ平穏無事であるから救われとるとじゃじゃない。平穏無事じゃ無くても、そん時にですね腹が決められるとかね、心配するなといゃぁ自分も心配しとらん、その心配するなでその家族中の者が安心出来るといったような信心を。頂いて初めて救われるという事が言えると思う。
 そこでそのう救われるための信心。私共が本当にお救いを頂くための信心を、どういう信心さして頂いたならいいかとなると、私今日も
   途中末尾切れ。